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高知地方裁判所 昭和43年(行ウ)11号 判決 1973年5月28日

原告 岡田忠孝

被告 国

訴訟代理人 河村幸登 外九名

主文

被告は、原告に対し、金七七三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告は、原告に対し、金二、八五四、一〇〇円およびこれに対する昭和四三年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、高知県長岡郡大豊町(旧大豊村、昭和四七年四月一日から大豊町となる。)高須字弘瀬五四五番一所在金物板葺木造地上一階地下二階建住家兼店舗(以下、本件建物という。)八六・八六平方メートルの所有者であつたところ、被告は、昭和四二年一〇月一一日、一般国道三二号線改築工事のため、訴外高知県収用委員会(以下、単に収用委員会という。)に対し、本件建物の敷地(所有者訴外吉川範之)の収用ならびに本件建物の移転につき、土地収用裁決の申請をした。

2  収用委員会は、昭和四三年八月一六日、右申請にかかる敷地を収用すべきものとし、収用の時期は、同年九月二〇日、本件建物の損失補償額は、金一、三三〇、九〇〇円と定めて裁決した。そして、その裁決書の正本は、同年八月二二日、原告に送達された。

3  しかし、右損失補償額は、不当に低額である。すなわち、本件建物は、急傾斜となつている穴内川の河岸を敷地とし、その特異な地形に合わせて建築された地上一階、地下二階建の特殊な構造のものである。従つて、本件建物を解体し、他の場所に移転するには、右敷地と同一地形の換地のない限り不可能である。ところが、収用委員会は、右のような特殊な事情を全然考慮することなく、漫然右敷地と同一地形の換地の入手を前提とし、本件建物の解体移転費を算出し、これを前記損失補償額としたものである。勿論原告においても、収用委員会が前提とする右の条件が実際に充たされるのであれば、その算出した移転料が適正な額であることを争うものではない。しかし、実際においては、右敷地と同一地形の換地を入手することはできず、類似地形の土地に従前同様の宅地を造成して建築するほかはない。このようにして本件建物と同一坪数、同等の建物を建築するには、少なくとも、金四、一八五、〇〇〇円が必要である。以上のことから、原告に対して支払われるべき本件損失補償額は、金四、一八五、〇〇〇円が相当である。

4  よつて、原告は、被告に対し、右金四、一八五、〇〇〇円と前記収用委員会の裁決額金一、三三〇、九〇〇円との差額金二、八五四、一〇〇円およびこれに対する弁済期の経過した後である昭和四三年九月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因に対する認否

請求原因第一項は、認める。同第二項中、裁決書の正本の送達日時は不知、その余の事実は、認める。

同第三項は、争う。

2  収用委員会が本件建物の移転料についてなした裁決額は、左記理由により妥当である。

(一) 本件建物の移転料の算定根拠

(1)  昭和三七年六月二九日の閣議決定に基づいて「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」が定められ、建物の移転料については、同要綱第二四条により、当該建物を通常妥当と認められる移転先に通常妥当と認められる移転方法によつて移転するのに要する費用を補償するものとされた。これに伴い、昭和三八年三月二〇日、建設省訓令第五号をもつて「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」が、また、同年四月一三日、建設省計発第一八号をもつて「同基準の運用方針」がそれぞれ定められ、建物の移転料については、右基準第二八条、右運用方針第一一条によることとされた。そして、昭和四二年一月三〇日、建設省訓令第一号で定められた「地方建設局用地事務取扱規程」第一四条第一号、第三号により「昭和四二年度物件移転料標準書」が定められている(この標準書は、四国における公共用地買収にすべて適用されるものである。)が、本件建物の移転料は、同標準書中の第一号表の一、「建物移転標準歩掛および単価表(解体移転等)」に基づいて算定されたものである。

(2)  具体的に本件建物の移転料を算定するにあたり、土佐国道工事事務所用地課長外二名が現場に臨み、検分・検討を加えており、その結果に基づき本件建物の木材数量は、一平方メートルあたり〇・三平方メートルと認定し、前記標準書に基づき解体移転工法により移転するものとし、その級位を「甲の下」(一部甲の中がある。)と判定し、その級位に該当する単位を用いて算定したものである。

(二) (1) また、収用委員会は、その裁決をするに際し、あらかじめ鑑定人に本件建物の移転に要する費用を鑑定させた(ただし、いずれも移築距離は、約二キロメートルないし四キロメートルの範囲で敷地現況と同様地に移築するものとして行なつた。)のであるが、その鑑定金額は 訴外株式会社松村建設においては金一、二八八、四〇〇円、訴外株式会社三谷組においては金一、二〇一、五〇〇円であつて、いずれも収用委員会の裁決額を下廻つている。

(2)  本件一般国道三二号線改築工事に関連して移転の対象となつた建物は、徳島県側二五〇軒、高知県側一九〇軒であり、そのうち本件建物付近で移転の対象となつた建物は二〇軒であるが、これらは立地条件・建築方法等いずれも本件建物と類似しているものが多く、その移転料は、前記被告の主張したと同一方法で算出されており、該移転料につき建物の所有者と円満妥結をみている現状から推して、本件建物の移転料についてのみ不当に低額であるということはいえない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因第一、二項の事実は、第二項の収用委員会の裁決書の正本が原告に送達された日を除き、いずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右裁決書の正本の送達日は、昭和四三年八月二二日ごろであることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二  そこで、収用委員会が本件建物の移転に伴う損失補償につきなした裁決額の当否について検討する。

1  ところで、原告は、本件建物の敷地と同一地形の敷地があるとすれば、収用委員会が本件建物の移転料についてなした裁決額は、適正な額である旨自陳するので、先ず、本件建物の敷地と同一地形の敷地があるか否かにつき検討する。ただし、この場合にいう同一地形の敷地の有無は、土地収用法第十七条の趣意からして、通常の事情の下で移転先を求め得ると認められる相当の距離を仮想して検討しなければならないこと勿論である。

(一)  そこで、先ず、原告の居住する高知県長岡郡大豊町の位置地勢等について明らかにする。

大豊町は、四国中帯山脈の北部に存する一大山谷の中央部にあつて、東は同県香美郡物部村および同郡香北町に、西は同県長岡郡本山町に、南は同県香美郡土佐山田町に接し、北は四国山脈を距てて徳島、愛媛の両県に境している。吉野川は町の中央部を横断し、南から穴内川、北から立川川が流れて共に町内において吉野川本流に合し、これ等諸川の流域に多少の平地があるが、地積の大部分は重畳たる山岳に掩われている。国鉄土讃線は穴内川に沿つて通じ、同町高須地区に大杉駅があり、また国道三二号線は、穴内川河岸から吉野川河岸に出で、更にこの沿岸を下つて徳島県に入つている。原告の居住する同町高須字弘瀬は、国鉄大杉駅の西を流れる穴内川のほぼ対岸に位置しており、国道三二号線の両側に沿つて約五〇〇メートルにわたり旅館、飲食店等の人家が続き、その間には大豊町役場、郵便局等があつて、町の中枢部を構成している。そして、国道三二号線の西側は、道路際まで山が迫り、人家はわずかな平地を利用して建つており、同国道の東側は、穴内川の河岸の岩壁を利用して人家が建つている。しかして、右に述べたところは当裁判所に顕著な事実である。

(二)  <証拠省略>、弁論の全趣旨によると、原告は、昭和二四、五年ごろから大豊町高須宇弘瀬五四五番一の土地を訴外吉川範之から賃借し、同地上に本件建物を建築して雑貨、食料品、電気製品の販売をその業としてきたものであること、本件建物は、国道三二号線の東側、穴内川の河岸の傾斜地を利用し、それに合わせて建築された地上一階、地下二階の店舗兼住宅用の特殊な構造を有するものであり、右建物の敷地は、穴内川の河岸の下から石垣を築いて造成されたものであること、そして、同地区はその付近屈指の商業適地であり、かつ同地区内における穴内川左岸の形状は、傾斜度や高低に差異があつて必ずしも一様ではないが、一般に敷地として使用するにはある程度の造成は避けられず、従前の敷地のあつた場所は、ほぼその平均的なもので、同地区内において比較的類似の場所が求めやすかつたことが認められる。<証拠省略>。

(三)  以上認定した原告の居住する大豊町の位置および地勢の特殊性、原告の生業の関係、本件建物の構造の特殊性、殊に本件建物の敷地は、自然の地形をそのまま利用したものではなくして、本来敷地として利用し難いところに手を加え、特殊な敷地を造成したものであること等から、原告が商業適地として移転先を求めるとすれば、少なくとも原告が現在も引き続き移転居住している右高須地区内に求めざるを得ず、その場合の移転敷地の造成については、同地区内における平均的なものと目せられる従前の敷地の造成と同程度のことを考慮するのが相当であると認められる。

2  前述のとおり、原告の述べる如く、従前同様の敷地はないのであるが、原告は、それがあれば本件移転料が適正な額である旨自陳するところから、その趣意は、結局のところ、従前同様の敷地を造成するに要する費用、すなわち、宅地造成費用をも損失補償として請求することに帰する、と考えられるので、以下これにつき検討する。

(一)  ところで、原告に対する収用委員会の裁決において宅地造成費用が本件建物移転の補償の対象となつていないことは弁論の全趣旨により明らかであるが、宅地造成費用が移転補償の対象となるか否かを考えるのに、宅地造成費用も、原則として収用する土地またはその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の範囲内から捻出するのが建前であるけれども、生業上の関係から、移転先の地域が、合理的に考えて特定の地点に制限せられざるを得ない場合で、しかもそこに宅地等移転すべき土地が得られず、宅地造成を要し、その費用が前記補償金から捻出することが不可能な場合は、土地収用法第八八条の規定による補償基準に適合する場合に限つて、必要な経費を同条によつて補償すべきものと解すべきである。

(二)  これを本件について検討するに、前述のとおり、原告の移転先は、右生業等との関係から原告の居住している高須地区内に求めざるを得ず、しかも宅地造成は不可欠の実状にあるから、その費用は、土地収用法第八八条に規定する「通常受ける損失」として補償すべきものというべきである。

(三)  それでは、如何ほどの宅地造成費を補償すべきか検討するに、<証拠省略>によれば、従前の敷地は、国道三二号線の東側穴内川の河岸に石垣を四段に築いて造成したものであつて、それと同様の工事をすれば金七七三、〇〇〇円の費用を要すること、が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告は、被告に対し、本件建物の移転に伴う損失の補償として、収用委員会が決定した本件建物の移転料の外に宅地造成費用として金七七三、〇〇〇円を求めることは理由があるというべきである。

三  以上説示したところから明らかなとおり、被告は、原告に対し、金七七三、〇〇〇円および本件建物の収用の時期の翌日である昭和四三年九月二一日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。従つて、原告の被告に対する本訴請求は、右の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸保寿 上野利隆 林豊)

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